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谷川俊太郎の世界

2008.11.12

出版社:思潮社 著者:北川透

発行:2005年4月

谷川俊太郎という詩人は「怪人百面相」なのだ。この本の中で北川透はそう言っている。詩人はことばで変身するばかりではない、ことばの身体になりきってしまうのだ、と。果敢な実験精神にみちた前衛的な詩の試みもあれば、幼いこどもに愛唱されている「ことばあそびうた」もある。テレビのアニメーション「鉄腕アトム」の主題歌の歌詞も書けば、強靭な論理につらぬかれた「定義」のような詩集も出す。その多層にして多方向、多方向にして多回路の、変幻自在の「怪人百面相」ぶり。その生成展開の秘密を、明晰にそしてスリリングに解きあかしてみせたのが本書である。
本書は三部構成となっていて、一部の「詩はどこから始まるか―谷川俊太郎の初期、あるいは資質の世界」と、三部の「詩集『コカコーラ・レッスン』の世界」は、書き下ろし。二部にはここ四十年間に書かれた谷川論が収められている。百面相の秘密を味わうためには、ぜひ並べられた順に読んでほしい、と思う。
若い読者には信じられないだろうが、一九五二年に「二十億光年の孤独」を出して以後十年余、谷川氏は詩壇では孤立していた、という。北川氏は、六五年に書いた最初の谷川俊太郎論のなかで言っている。なぜ、詩壇では、詩と生の危機をもっとも鋭敏に映しだしている詩人である谷川俊太郎をまともに批評の対象としないのか、と。北川氏の谷川論のモチーフはここにあったのだ。
北川氏は、谷川俊太郎の書く詩を、詩と生の危機を反映したものとみる。多くの詩は、生との対応を失ったことばの美学へとつきすすむか、ことばとの危険な関係を断ちきって、日常の生活を枯淡に歌う境地にむかうか、いずれかだが、谷川俊太郎において「生と言葉との関係が出発点であるばかりでなく、詩の持続のうちにますます危機の度合を深めた関係となってきている」というのだ。
北川氏は、谷川俊太郎の詩の持続に伴走するように、十本以上の谷川論を書いた。それを可能にしたのは、谷川俊太郎を読むことが、詩人北川透自身の詩の現在を生きることにほかならなかったからである。その文章は、谷川の百面相に寄り添うように、若い読者に語りかける口調あり、対話風文体あり、とさまざまな語り口をもっていて、たのしい。
(初出: 西日本新聞 朝刊 2005年5月15日)

評者:詩人 山本哲也

引用:表紙は版元ドットコムサイトから引用

 

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