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自省録

2009.12.27

出版社:岩波書店  著者:マルクス・アウレーリウス/神谷美恵子:訳

発行:2009年12月

 

高校時代、勉強はあまり得意なほうではなかったが、様々な書物との出会いが、小説家や政治家になりたいという大きな夢を抱かせてくれた。
ハーバード大学で政治を学ぶ幸運に恵まれた際、歴史家ギボンの『ローマ帝国衰亡史』を読んでローマ帝国時代の五賢帝に興味を持ち、後世“哲人皇帝”と讃えられたマルクス・アウレーリウスの『自省録』と出会った。
パクス・ロマーナ(ローマの平和)を謳歌したとギボンに評された五賢帝時代だが、実際の彼の治世では、天災、外部からの侵略、内乱など、相次ぐ危機と戦乱にさらされた。
普通であれば、自分の不運を嘆くところであるが、むしろ彼は「なんて私は運がいいのだろう。なぜならばこんなことに出会っても、私はなお悲しみもせず、現在に押しつぶされもせず、未来を恐れもしていない」と逆境を前向きに捉えている。私のこれまでの人生とも重なって、大変共感できる部分である。
また、理想と現実との間の葛藤や、無欲で自分を律すること、自らの境遇に責任転嫁せず常に自己研鑽に努めることなど、彼と同じ政治に身を置く立場となった今でも、1800年以上も前の書物に改めて学ぶことが少なくない。
そんな座右の書の「君の頭の鋭さは人が感心しうるほどのものではない。」で始まる一節を、最近も思い起こしたことがある。熊本県の長年の懸案事項となっていた川辺川ダム白紙撤回の態度表明の際に、「自分自身、そんなに能力があるわけではない。天才ではない。そして、未来まで見通せるわけではない。ただ、今、誠実で、謹厳で、そして自由であるという中で決断を下そう」そういうマルクス・アウレーリウスの覚悟で臨んだのである。
皇帝の激務に打ち込む傍ら、静かに自己と対話し、思索の跡を書き綴ったこの名著は、知事として県民の声に耳を澄ませながらも、最後は自分が正しいと思う政策を決断する勇気を与えてくれる、人生の指針とも呼べる一冊である。

評者:熊本県知事 蒲島郁夫

引用:表紙は岩波書店サイトから引用

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