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サザエさんの東京物語

2010.6.1

出版社:朝日出版社 著者:長谷川洋子

発行:2008年3月

「サザエさん」の作者・長谷川町子さんの実の妹の、ざっくばらんな打ち明け話である。「サザエさん」のエッセー版の世界、といっていいのか。素顔の町子さんが面白い。題は「サザエさんの東京物語」とあるが、何よりも貴重なのは、福岡でのエピソードである。
町子さんは「学校から帰るとカバンを放り出し外で走りまわっていた」。家の中でも「お山の大将で傍若無人、声も主張も人一倍大きかった」。のちに本人は「かなり悪ガキだったでしょう。今で言えば、いじめっ子よね。私に殴られなかった友達、クラスに一人もいないのじゃないかな」と言っていたという。町子さんが大食いで、虫垂炎になったのではなかったろうか、と笑えるエピソードも自由奔放な福岡時代だったからだ。
福岡での長谷川一家の暮らしが、そのまま「サザエさん」の原点、世界だった、と分かる。「故郷は姉にとって唯一、心のほどける場所だった」と著者は書く。
父の死で一家を挙げて上京していたが、戦争中、町子さんは再び福岡に戻り、一九四四年に西日本新聞社絵画課に入社した。福岡大空襲のときは「女子は出社に及ばない」との通達があったにもかかわらず、住んでいた西新町から天神まで歩いて出社している。途中、黒焦げの遺体がいくつも放置され、線路は曲がり、焼け落ちた家がくすぶっていた。「これが記者魂というものよ」と、意気軒昂だった。「夕刊フクニチ」で四六年四月から「サザエさん」の連載が始まった。愛読していた志賀直哉の「赤西蛎太」に出てくる御殿女中〈小江(さざえ)〉の名もヒントになったらしい。
町子さんは東京で、人付き合いが苦手だった。出版社や新聞社の人間と会わずパーティーや会合にも出席しなかった。東京で描く「サザエさん」の世界は、福岡での一家の暮らしの延長線上にあったのである。町子さんの両親とも鹿児島出身で「とにかく熊襲の子孫だったことは確かよ」と笑い合っていた、とか。家族の中にドラマがある。家族から社会を見る目がある、ということを多くの人に伝えた。共感を呼ぶ新しい女性の生き方があったのである。
(初出: 西日本新聞 朝刊 2008年4月13日)

評者:西日本新聞社書評委員 松尾孝司

引用:表紙は朝日出版社サイトから引用

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